top of page
検索

沖縄の思い出

  • 2025年3月16日
  • 読了時間: 2分

 先月、宝達志水町主催の生活支援ボランティアの養成講座でお話をさせていただく機会があったのですが、町の担当の方が、沖縄好きの方で、ちむぐくるやゆいま~るが沖縄の言葉ということをご存知でした。

 それで講座の後しばらく、担当の方と沖縄の話で盛り上がり、私自身の思い出話もたくさんさせていただきました。

 私が初めて沖縄に行ったのは、パン、洋菓子職人見習いとして働いていた会社を退職してわずかな退職金をもって、当時乗っていたヤマハSRX400という単気筒のバイクで西日本のツーリングに出た時でした。

 知り合いに、次の行き先方面の知り合いを紹介してもらい、そこに泊めてもらう。そこからまた次の行き先方面の知り合いを紹介してもらい…という、今考えるとなかなかとんでもないツーリングで、今ではたぶんそうしたことは難しいのかもしれませんが、まだ当時はそれが許される時代で、バイク乗りにも好意的な人たちが多かったような気がします。2か月ぐらいかけて鹿児島につき、そこからフェリーで沖縄に着いた時には所持金は1000円ほどだったような記憶があります。

 熊本の方から紹介してもらった方の所に泊めていただき、そこで知り合った沖縄大学の学生さんと友達になって、その人の家に泊めてもらい(家主さんはユタの系譜の人だそうです)、バイトをしながら、本島や離島を訪ねて回りました。

 一番印象に残っているエピソードとしては、北部(やんばる)のオオシッタイという集落を紹介されて、そこを訪ねた時のことで、12戸ほどの集落の人たちがみんな集まって歓待してくださり、皆さんが三線を弾き、歌って、踊って、泡盛をたらふく飲んで楽しいひと時を過ごしたことでしょうか。途中トイレに行きたくなった私が、母屋の外にあるトイレに行こうとすると鉄の棒を渡され、地面をたたきながら行くよう言われ、ハブ除けと言われたことも懐かしく思い出します。

 その旅行で出会った人たち、文化、風土、歴史、景色などなどは、今でも私にとっては大切なもので、その後も何度か沖縄にはいきましたし、法人の職員旅行でも沖縄に出かけています。

 ちむぐくるは沖縄の言葉と聞いて、沖縄の出身の方なのですか?と聞かれることもあるのですが、ちむぐくるにせよ、ゆいま~るにせよ、沖縄の言葉を使っているのは、金沢の言葉はすでにいろいろなところで使われていて、選択肢が限られていたという事情もありつつ、実はこうした個人的には大きな転機となった出来事への思いも反映されているのも確かなのです。



 
 
 

最新記事

すべて表示
病院をいくつか訪ねてきました

先日、ちむぐくるの相談員2人で連れ立って、3か所の病院を訪ねてきました。  ちむぐくるでよく寄せられる相談の一つに、「どこの病院にかかればいいですか?」というものがあります。  今持っている私たちの情報の中でなるべく、選択肢をお伝えはさせていただいていますが、まだまだ十分に情報を持っているとは言い難いので、機会があるごとに実際に見て回りたいということで、今回、訪問させていただきました。  認知症=

 
 
 
5勝3敗?

前回の記事で、地域包括支援センターにもう少し知ってもらわねば…と書いたのですが、早速昨日から、オレンジカフェのチラシをもらいに行くという目的で地域包括支援センター回りを始めました。  昨日は5か所、今日は3か所回りました。ただ私はこうした仕事に長くついていながら、情けないことに、いまだに押しが弱いところがあって、入りにくいなと感じると、その気持ちを押し切って中に入っていくということが苦手です。  

 
 
 
まだまだ力不足です😿

今日はご相談の方が4組あり、そのうちの1組の方のことで連携をとるために、ある地域包括支援センターに電話をかけました。  「もしもし、認知症の相談窓口ちむぐくるの〇〇と申します!」と自分なりには声を張って電話したつもりだったのですが、「えっ?ちむ?なんですか?」と返されてしまいました。  さすがに地域包括支援センターの方ぐらいは「ちむぐくる」の名前を聞いたことぐらいあるだろうと思っていたのですが、「

 
 
 

コメント


bottom of page